Antico Cafe JIRO

















シルク 油彩

絵 宮崎 次郎
詩 野村喜和夫
薄明のサウダージ 8

薄明がいよいよ増してきたら

薄明がいよいよ増してきたら
さうだサーカスを見に行かう
ほらあの天幕
ゆあーんゆよーんといふ空中ブランコの音
さへ聞こえてきさうではないか
玉乗りの女曲芸師だつてゐるし
炎の輪をくぐる猛獣たちだつてゐるだらう
危険を飼ひ慣らすといふこと
醒めた陶酔を
張りめぐらすといふこと
にもまして主役は
私たち観客
目玉だけの存在となつて
ひたすら円形のなかの驚異をみつめる
そこにみずからの内蔵が
もつともしなやかに奪はれてある
かのやうに
なぜなら驚異は
決して外に出ていかないし
茶色い戦争と混ざり合つたりはしない
興行が終了したら
あとかたもなく天幕は撤去され
ひるひなか
そこにはペンペン草が揺れてゐるだけ
いやさうではない
ひとり道化師はこつそりと町なかに出て
人の崩壊をあやつりつづける
世界こそは彼の
果てのない内蔵

※「ゆあーんゆよーん」及び「茶色い戦争」は中原中也「サーカス」より
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宮崎次郎