Antico Cafe JIRO

















曲芸師 油彩

絵 宮崎 次郎
詩 野村喜和夫
薄明のサウダージ 5

(おい 自転車よ)

おい 自転車よ
こんな薄明に
なぜ逃げる 俺の自転車だらう
俺が乗ればこそ
おまへは輝く おまへは美しい
俺が乗ればこそ
おまへのそのみつともない
触覚のやうなハンドルもしなやかに動き
丸めがねみたいな車輪も
繊細にふるへ光る一対の銀翅となるのだ

おい自転車よ
こんな薄明に
なぜ逃げる 俺の自転車ぢゃないか
俺が乗らなかつたらどうなる
おまへはだたの
黒や赤のフレーム
あの放置された自転車と同じだ
日に晒され 雨に打たれて
やがて錆のまどろみに没していくのだ

やばい やばいよ
こんな薄明に
おまへが逃げたりするから
俺だつてただの人間になつてしまふ
重力に抗う悦びも忘れ
あの滑稽な直立歩行を生涯のつとめとして
あげくあふむけに棺に
横たへられたりする
ただの人間に
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宮崎次郎