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サーカスの夜 油彩 6P
ボエームな人々
巴里は実に多面的な魅力に満ちた都であるが、特に藝術家にとって巴里の魅力とは一体何であろうか。それは、気儘なボエーム生活を許すおおらかで、自由な雰囲気ではなかろうか。では、そのボエーム生活の神髄とは何か。
アトリエに、気の置けない仲間を呼び、熱いエスプレッソを飲み乍ら制作中の作品を評し合ったり、夜の街へ出て、カフェでパスティスを傾けつつ道行く人々を眺め、取り留めもなく世の中への不満や芸術の未来を語る。何の強制も拘束もない、そんな緩やかな時の流れが、半ば夢心地のうちに過ぎてゆく。創作に於いて、全く自分のペースで仕事が出来る点に掛けては、この都は、世界随一であろう。
処で、今日の巴里で、ボエーム画家の姿をよく見掛ける界隈と云ったら何の辺りであろうか。路上で自作の絵を売ったり、観光客相手に似顔絵をデッサンしたりしている絵描きたちで始終ごった返しているモンマルトルの丘は、矢張り、ボエーム藝術家の別天地と云ってよいであろう。
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一方、グランド・ショミエールの様な画塾あり、気の利いたカフェが軒を連ねるモンパルナス界隈では、気の所為かもしれないが、特に若い女性の画学生の姿を魔々見掛ける。そんなとき私は、漫ろに『モンパルナスの灯』のアヌーク・エメを思い出して了うのである。このモンパルナスの一帯から更に南のアレジアの辺りに掛けては、可成りの数の絵描きが住んでいる筈である。
或いは、こう云ったモンマルトルやモンパルナスの様な古くからのアトリエが集まった区域以外では、巴里市の東に位置するメニルモンタンに注目しておくべきであろう。毎年数日間に渡って設けられるアトリエの開放日にこの辺りを回って見ると、大きな落ち着いたアトリエで仕事をしている壮年の画家たちに混って、ガレージや工場を改装して集合アトリエにしている若い実験的な、野心を持った藝術家たちに御目に掛かる事が出来る。
また、この地区のオーベルカンフ街109番地のカフェ・シャルボンでは、ボエーム藝術家のみならず、工員や、その他普段は何をして暮らしているのか一見したところ判断が付かない人々が集まって、賑やかで気の置けない雰囲気を醸し出している。
それにしても、何と巴里と云う街はボエーム生活に向いている事であろう。道行く人々の半分くらいは、腕時計を付けていないのではないかと思われるほど、何処にいても時間を訊かれる。巴里とは、そんなnonchalant(ノンシャラン:無頓着)な街である。
※年間3ヶ月をパリで過ごす洋画家・宮崎次郎さんがパリの街と人々への愛着を綴る連載。全12回。
みやざき・じろう
1961年埼玉県生まれ。95年昭和会賞受賞。
97年文化庁派遣芸術家在外研修員として渡仏。
現在、無所属。
11月に銀座・ごらくギャラリーにて個展開催予定。
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