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レスポワール 油彩 15M
サン・ジェルマン・デ・プレの古本屋
巴里を旅した人は、いや、巴里を未だ見た事のない人でも、サン・ジェルマン・デ・プレと云う土地の名の知的で華やいだ響きに、心惹かれた人は少なくないのではなかろうか。
決して大きくはないが瀟洒で洗練された、時計を頂く鐘楼を持つサン・ジェルマン教会を中心にして、その広場に面してカフェ・ボナパルトとカフェ・ドゥ・マゴ、またサン・ジェルマン大通りを挟んで向かい合ったカフェ・ド・フロールとブラッスリー・リップなど、議論好きな、或は一寸気取った風采の客人をテラスに集め、白や緑、オレンジや三色旗の色等々廂の彩も目に鮮やかな有名カフェが軒を連ね、一寸歩いてみる丈でも、そのしっとりと調和の取れた色彩感覚の中にある粋な華やかさが印象に残る街である。
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この二十数年の歳月の間には、やはり時代の趣勢と云うべきか、サン・ジェルマン・デ・プレの顔とも云えた、その精神文化の担い手たる古肆書肆や専門書の書店などが徐々に減少し、替わって、高級ブランドのブティックが、表向き目立つ存在になって来てはいる。けれども、サン・ジェルマン界隈でも、少し奥に入ったこのジャコブ街では、海洋や園芸等、一分野に関する書籍だけを集めた書肆や、古くから在る窓掛けや布地の専門店も健在で、この二十年来変わらぬ、サン・ジェルマン・デ・プレの俤を留めている。
オテル・デ・マロニエの中に入れば、観葉植物や、アンティークな家具調度が目を引く室内は、私にとって巴里の中の巴里であるサン・ジェルマン・デ・プレにいる気分を、否が応にも高めて呉れるのだが、私はまた、この旅宿の瀟洒な中庭に、そこはかとない愛着を寄せてもいるのである。この中庭のテラスで朝食などを取っていると、ぴょんぴょんと、何処か日本で見るのより小振りで身軽そうな巴里の雀がテーブルの上にまで寄って来たりする。私はそんなとき、パンを千切って、そっと投げてやるのである。この、石の都会の真ん中に作り出された緑と静けさは、知的な刺激に満ちた巴里の旅に、程よい憩いのひとときをあたえて呉れたものであった。
また、この旅宿のすぐ裏には、今は美術館となっているドラクロワのアトリエがあり、サン・ジェルマン大通りに再び通じる。そしてカフェ・ド・フロールに戻り、二階で特製のショコラ・ショーなどを味わいつつ、私は應々仕事の構想を練りながら時を過ごすのである。
※年間3ヶ月をパリで過ごす洋画家・宮崎次郎さんがパリの街と人々への愛着を綴る連載。全12回。
みやざき・じろう
1961年埼玉県生まれ。95年昭和会賞受賞。
97年文化庁派遣芸術家在外研修員として渡仏。
現在、無所属。
11月に銀座・ごらくギャラリーにて個展開催予定。
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