「アレジア」 2002
人生の懐かしさ
サーカスの歴史を繙いてみると、エジプト、ギリシア、ローマ等の古代文明にまで、その起源を遡ることが出来るそうである。
この時分から曲藝や力技などの萌芽が見られ、円形劇場などでは、猛獣やその他の運動を飼い慣らした演目も既に人気を博していたとのことである。
ところで西欧に関して言えば、私にとって馴染みの深いフランスのサーカスは、ナポレオン三世の第二帝政時代から第三共和政にかけての十九世紀の後半に特に花開いたのである。
そうしてその最盛期のパリの代表的な会場としては、Cirque d' Hiver(冬のサーカス)とCirque d' Été(夏のサーカス)あたりが挙げられるが、前者は今なおグラン・ブールヴァールのほとりに健在であり、様々に意匠を凝らした、水中ショーなどをも取り入れた奇抜で華麗な興業を楽しむことが出来る。
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更に同所では毎年、世界中の若手の藝人が集うてその斬新なアイデアを競い合うフェスティヴァルも開催されている。
他方、私は、クリシー広場近くの露地に天幕を張るジプシーサーカスのロマネスに大分以前から心惹かれていて、機会のある毎に足を運んでもいる。その、空中ブランコ、軽技、綱渡り、曲馬などのレパートリーは、伝統的な旅藝人の技の真骨頂を堪能させてくれるのである。
サーカスへの思い入れは、然し青年時代以降の渡欧、パリ滞在に始まったものではない。それは、学校から帰って、ランドセルを投げ出し、大好きなおやつのバームクーヘンを牛乳を飲みつつ頬張っていた子供の時分、お手伝いさんに連れられて見に行った木暮大サーカスの、賑やかな、けれども一寸うら哀しい雰囲気にまで結びついてゆく。
黄昏に近い時刻、小石を蹴りながら進む道の左右に露店の燈が点々と灯り始め、天幕が楽曲の音とともに徐々に近付いて来るその光景は、未だ空き地がよく目立ち、アスファルトの舗装も珍しかった昭和三十年代から四十年代の初頭にかけての空気を止めどもなく甦らせて呉れる。
振り返ってみれば、何処か甘く、そして切ないそれらの日々の残影もまた、四十路を迎えた私の創造の背後で慕わしく、しかしまたほのかに熟し始めているようにも感じられる。
今回の個展では、そんな人生の懐かしさをも、藝術の過去、現在、また未来に対する熱い思いや二十一世紀と云う新しい時代にかける画家としての抱負とともに、作品の中に籠めてみた積りである。
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