「軽業師」 1998
Déraciné から Saudade へ
三年前の個展のサブタイトルは、Déraciné だった。racine は、フランス語で根っこの意味である。
そこに接頭辞の dé をつけた動詞 déraciner は、根こそぎ植物を土から抜き取ってしまう事や、そこから派生して、人をその出身地や馴染んだ土地から引き離してしまう事を表す。
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そうして、名詞 Déraciné は即ち、根なし草、故郷を失ったかのような人物を意味するのであるが、当時の私は、ずばりこの言葉に何かを求めて、遠くの土地を、心の深奥を、あてどなく彷徨うていた自身の姿勢そのものを、託したものだった。
現在三十七歳になった私は、今、その旅の途上に、たどり着いた世界に、今度は Saudade というサブタイトルをつけてみた。
この語は、ポルトガル語で、用い方により、実に様々な語義を表すことで知られる。
そこはかとない後悔の念、望郷の思い、誰かに会いたいという切なる願い、友情、悲しく、然し甘味の漂った記憶………この言葉の意味する処は、総じて、人生のある地点から自身の歩んできた道程を振り返ったときに、湧き起こる情念の全て、と言い換えてみてもよさそうである。
Déraciné から Saudade へ確かに我が魂の彷徨は、また新たな段階へと入っているらしい。そんな自身の心境のありかを眺め渡しながら、私は、この展覧会で、人々の心の奥底に沈んでいる Saudade をも、次々と、甘く、切なく、呼び覚ませたらと願っている。
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