薄明のサウダージ 3

オデオン座 油彩

絵:宮崎 次郎 / 詩:野村喜和夫

かつて ー

かつて
すべては象であつた
と模造の象のうへで喚いてゐる
あれはだれか
雲の二乗と二倍の雲の和は
象であつたし
女を二乗して三倍の私の影に加へたものから
空気を抜けば
ひとひらの海のやうな象であつた
女を四倍にして海を引くと
女と私を足して二倍にした風に
さらに一本の樹木を加へたものに等しい
といふ象であつたし
時のたまり場から虹や雪片を
引いたものを二乗すると
女に私を掛けて涅槃を引いた墳墓に等しい
といふ象であつた
くるしいほどに象であつた
それが薄明といふもの
たとへ墳墓と母の三乗が
くつついて墳墓の影にかかりさらに
墳墓の二乗で割られると
墳墓の二乗と母との積の影が得られる
としても象であつた
すべては象であつた
と模造の象のうへで喚いてゐる
あれはだれか