Antico Cafe JIRO

















青い実の誘惑  油彩 12P


転向
 何の様な人生を歩んでいる場合でも、その人にとって、先達と呼ぶべき人、或はそう呼べる様な一群の人々がいるものである。その人が現に目の前にいる人であれ、または、自分の生まれるずっと以前に既に歴史の中に名を留めている人であれ、自分が進んで行こうとする方向に光を与えて呉れる様な存在。その様な存在に憧れ、導かれて、何時か人は、その人とその人の人生の方向を決めて歩んでいる。
 それでは、私の画家としての人生の先達はと云ったら誰であろうか。十代の後半辺りから本腰を入れて画業に打ち込んでいた私の眼に、或る種の特別な輝きを放って見えていたのは、マックス・エルンスト、イヴ・タンギー、ジョルジォ・デ・キリコ、ルネ・マグリットらのシュールレアリストたちであった。
 私は彼らの手法によって、自身の身の奥底に眠っている深層心理に超現実的なモチーフを描く事で光を当て、更にそれを抉り出す事に努めていたが、また私は、その一見奇妙なモチーフの中に、皮肉で辛辣な寓意を籠め、世の中への不満をぶちまけていたのであった。若き日の反抗の気性と血気とに駆り立てられていた私は、シュールレアリスムと云う恰好の思想を得て、水を得た魚の如く、寸暇を惜しんで創作に邁進した。何度となく徹夜をして、絵を仕上げて行ったものだった。
 また、その徹夜をして仕上げた様な作品が、時が経つに連れて気に入らなくなり、そんな時には、それを見遣る事すらも嫌になり、木枠ごと画布をへし折ったり、庭へ出してそれを焼き捨てたりもした。今から思えば、取って置けばよかったかな、と思える様な、記憶の中にのみ美しく蘇って来る若き日の作品も幾つかあり、また色々な意味で勿体ない話なのではあるが。
 何れにせよ、今の私からは、自分自身でも想像に苦しむ程、当時の私の血は熱かったのである。言わば、若い芸術家の野心が欲して止まぬ、絶対的な至高の完成度を冀求していたのであろう。
 ところで私は、当時あれほど迄に執着したシュールレアリスムの画家としての姿勢を、延々と今日まで貫いて来たのであろうか。否、シュールレアリストとしての私なりの到達点は、それ以降の私の創造の世界に、新たな、そして自分にとっても意外な境地と展開とを、緩やかな変容の果てに齎(もたら)したのである。

 ※年間3ヶ月をパリで過ごす洋画家・宮崎次郎さんがパリの街と人々への愛着を綴る連載。全12回。

みやざき・じろう
1961年埼玉県生まれ。95年昭和会賞受賞。
97年文化庁派遣芸術家在外研修員として渡仏。
現在、無所属。
11月に銀座・ごらくギャラリーにて個展開催予定。

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宮崎次郎