Antico Cafe JIRO

















鳥と旅人  油彩 4M


北ホテル
 曾て銀幕の中に見入った名作の、その舞台となった土地を実際に訪ねてみる時の期待感と愉しみ、それはまた格別なものである。殊に巴里の様な、数々の名画の舞台になっている都では、その探訪の目的地は、殆ど無尽蔵に近いと言っても過言ではないであろう。私もまた、巴里に滞在する度に、主に青春時代に早稲田のアクト・シアターや池袋の文芸座で目を輝かせつつ見入った、往年のフランス映画の舞台を訪ねてみる事にしている。
 ルネ・クレール監督の1957年の作品『リラの門』の舞台になったポルト・デ・リラの界隈を歩いてみたのは藤の花咲き乱れる暖かな五月のことであった。あの作品に出て来る様な、二階建ての一戸建ての家々が連なる巴里の辺境、と云うよりは寧ろ郊外の始まりと云った一寸うら寂しい雰囲気の街並みを私は探して歩いたのだが、その俤(おもかげ)は疾(と)うに消え失せ、H.L.M.(低家賃住宅)の趣の無いマンション風の現代建築があちらこちらに立ち並んでいて、一寸私をがっかりさせた。この辺りは巴里の十、二十区に当り、今は移民の人々が多く住む地域になっていて、この日は屡々黒人の若者たちと擦れ違った。主演のジョルジュ・ブラッサンスが作中で歌ったこの界隈の風情は、二十世紀後半の半世紀の間に大きく様変りしてしまった様である。
 一方、マルセル・カルネ監督の1938年作の名画の舞台として今も、サン・マルタン運河のジェマップ河岸に残る北ホテルへは、巴里を初めて旅した時分から、もう何度となく足を運んでいる。
 曾てここは一時閉店していたが、1995年の秋に新しいオーナーが新装開店したのである。映画の中では、冒頭の恋人たちが心中を図る件からも分かる通り、この小さな建物は不図立ち寄って泊まる事の出来る安宿として登場するが、今日、ここは、名前には昔ながらにホテルの文字を留めるものの一階から上の居住空間は全て普通のアパルトマンになっている。が、道路から続くテラス、カフェ、ブラッスリー、その奥のレストランは、古い時代と現代とを微妙に調和させた個性的な内装で客を迎えて呉れる。夜はカフェ・コンセールとなり、シャンソンを始め様々なジャンルの歌手がその歌声を競い合っている。
 1996年に『北ホテル』で主演した女優アナベラが亡くなったとき、その柩を乗せた車が、彼女への敬意を表してこの建物に立ち寄った、あのエピソードを、ここを訪れる度に、私は何時も思い出す。

 ※年間3ヶ月をパリで過ごす洋画家・宮崎次郎さんがパリの街と人々への愛着を綴る連載。全12回。

みやざき・じろう
1961年埼玉県生まれ。95年昭和会賞受賞。
97年文化庁派遣芸術家在外研修員として渡仏。
現在、無所属。
11月に銀座・ごらくギャラリーにて個展開催予定。


テアトル  油彩 4F

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宮崎次郎